大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

佐賀地方裁判所 昭和40年(ワ)20号 判決 1966年6月16日

原告 中原源次

被告 国

訴訟代理人 大道友彦 外一名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

原告が国有の本件土地と隣接する原告所有地につき原告先代幸一郎より家督相続により所有権を取得したことは、当事者間に争いがない。

原告は、原告所有地につき原告先代幸一郎から家督相続により所有権を取得した昭和八年九月二三日以降、または本件土地につき内務省に所有権移転登記のなされた昭和一一年九月一五日以降、原告所有地に隣接する国有の本件土地につき、二〇年間占有を継続したと主張するので、検討するに、およそ取得時効の要件としての占有は、その物が社会観念上その人の事実上の支配内に属していると認められることを要し、土地のごときものにあつては、使用の目的、程度により、柵、塀、その他の標識を設置するとか、または全面的に田畑として耕作するとか、要するに、その範囲の明確化を伴うことが必要である。そうでなければ、いまだ他人の千渉を排斥する意思が明確に表示され、社会観念上事実上の支配関係を設定したものとはいえないからである。しかるに、検証および原告本人尋問の結果によると、本件土地は、その北西側が道路としての現況を有する市道に接着し、その東側は原告所有地の一部であつて原告が市に対して賃貸している市営住宅へ通ずる通路に接着する、いわゆる三角地帯であるところ、<証拠省略>総合すれば、本件土地は当初より空地として放置され、柵、塀、その他の標識のごときものは何等設置されておらず、草が生え茂り、時たま人も通行し、また子供の遊び場所にもなつていたこと、原告先代幸一郎はその一部に「ひまわり」や野菜を作つていたことがあり、また近隣の者が「馬廻わし」に使用したこともあつたこと、戦時中はその一部に「ひま」が作られたり、近隣の者が防空壕を堀つたり、防火訓練をしたりしていたこと、戦後の食糧難の時代には原告を含めて近隣の者が家庭菜園として利用したこともあつたこと、昭和二九年一二月から昭和三九年四月までは訴外八段音三が原告に年額六、〇〇〇円を支払つてここに材木を置いていたことがあつたこと、その後、同年八月頃市において本件土地の北西側に側溝を構築する計画があつたことから原告と市との間に本件土地の所有権について紛争があり、同年一一月頃原告が家を建てるため地鎮祭をしたことから、財務部長名で原告に対し同年一二月一七日付で本件土地の所有権が最終的に確定するまで何等の処置をとらないよう通知がなされたこと、その後一月位たつてから原告が本件土地の周囲に棒杭を立て鉄線をめぐらせたこと、現在は本件土地の北西側に沿つて右棒杭のみが残存していること、以上の事実を認めることができ、<証拠省略>他に原告の占有関係事実を認むるに足る証拠はない。以上認定の事実によれば、原告としては、本件土地につき柵、塀、その他の標識を設置したこともなく、またそのようなものがなくても、一見して原告の事実上の支配下にあることが明らかに識別できるごとく全面的な畑として耕作したこともなく、何等その範囲が明確化されたと認むべきものがないのみならず、むしろ原告を含めて近隣の者が空地として前記のごとくそれぞれ利用していたとみるのが、相当である。もつとも、訴外八段音三が原告に年額六、〇〇〇円支払つて材木を本件土地に置いていた時期のあることは前記のとおり明らかであるが、<証拠省略>によつても、訴外人が本件土地を全面的に材木置場として使用していたと認めることは困難であつて、他に訴外人が本件土地につき他人の干渉を全面的に排斥して事実上の支配をしていたと認むるに足る証拠はない。従つて、訴外人がたまたま本件土地に材木を置いていた事実があつたといつても、これをもつて直ちに原告の間接占有があつたと認めることはできない。そうすると、原告は、本件土地につき、その主張する期間、他人の干渉を排斥して、社会観念上事実上の支配関係を設定したとみることのできないことは明らかであるから、取得時効に必要な占有があつたとはいえず、従つて、右主張期間本件土地の占有を継続したことを前提とする原告の本訴各請求は、その余の点は判断するまでもなくいずれも失当である。また原告が本件土地が原告所有地の一部であると信じたとしても、それが無過失であると認めるに足る適確な証拠はないから、一〇年の取得時効期間を問題にする余地もない。

よつて原告の本訴各請求は理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新月寛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例